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卒業

 高校の卒業式が終わったその日でも、わたしと先輩はいつも通りに行動した。
 コンビニに寄って、ゲーセンに寄って、ファーストフードに寄って……。

 今、わたし達は穏やかな一日が暮れようとしている河原の通学路を無言で歩いていた。
 どこからともなく風に乗ってやってきた桜の花びらが舞っている。
 西日がそのピンクを強めていた。

 それをぼんやり、目で追っている先輩に、わたしは何か儚げなものを感じ、呼び掛けた。

「先輩」

 わたしは外では彼のことを名前で呼ばない。
 なぜなのか、自分でも良く解らないが、呼べないのだ。

 羞恥心、というものかも知れない。
 彼には、おまえにそんなものはないと良く言われているが、失礼な話だ。

 彼はわたしに優しい眼差しを向けて、軽く、ん? と聞き返す。
 そのほんの少しの音だけでも、わたしの心の奥底に響くものがある。

 私はこの人が本当に好きなのだ、と思う。
 だが、彼は今日、卒業してしまった。

「わたしは後輩ですから、遠くの大学に進むあなたには、ついていけません」

 彼はただ、ああ、とだけ答えた。
 その返事からは、彼の心は見えなかった。
 わたしは、胸が苦しくなっていた。

「ですが、今日が最後ではありません。来年は必ずあなたの元へ行きます」

 それは自分自身を励ますかのような言葉だった。

「お前の学力なら俺が行くとこなんかより、すっげー上の学校に行けるだろ。俺に合わせなくていいよ」

 彼の返した言葉を一瞬、理解出来なかった。
 もう、彼にとってわたしは必要ないということなのか。
 わたしは震える膝を抑えながら訊いた。

「それはわたしからも卒業したい、という意味ですか」

 彼は意外そうな顔をした。

「いや。お前こそ、この際、俺なんかから卒業したほうがいいんじゃないかって」

 そのセリフで彼の考えが解った。
 わたしの将来の心配をしているんだ。

「黙って下さい」

 私は彼の頬を両手で挟むと、口づけをした。

「んんっ?!」

 驚く彼。
 いつまで経っても、わたしの行動に慣れないようだ。

「……んはぁ……」

 唇を離すと、唾液を手の甲で拭い、彼の目を見つめた。

「例え、わたしがマサチューセッツ工科大学に進めたとしても、あなたがいない場所に意味などないのです」
「……ホントにいいのか、それで」
「ええ。それが、良いのです」

 それが、いい。

 わたしは、あなたと居たい。

 いつまでも、ずっと。

「おまえ……バカだよ。俺について来たって、ろくな人生送れねーぞ」
「それは大丈夫です」

 当然だ。
 良い伴侶があれば、多少の困難など大した事ではない。

「まあ、確かにあなたと正式に付き合い始めてから一時期、成績は下がりましたけれど」
「う……」
「でも、あなたと付き合って、あなたと過ごした時間が教えてくれたことは、両親や先生からはとても学べないものばかりでした」

 そう、あなたからもらったものは、有形無形共々、大事に持っている。
 形のあるものは、プレゼントの包装紙まで綺麗にたたんでおいてあるし、精神的、肉体的なものは、心の宝箱に全て大切にしまっている。

「そういう意味で、わたしの人生はあなたと共に始まったと言っても過言ではありません。だから、わたしの人生はあなたと共にしか有り得ないのです」

 私は彼の胸元を人差し指で突くような仕草をした。

「……そ、そうか」

 わたしは微笑むように頷いた。

「ええ。あなたと一緒にいる時の和やかで温かな気持ちや、あなたと離れた時の何も手につかないほどの寂しさ、そして、――」

 わたしは調子に乗っていた。
 得意げな顔をして、彼に背を向ける。
 夕日が眩しい。
 その光に、大きな声で歌うように言った。

「あなたに抱かれた時の、驚く程の激しい感情の昂ぶり、陶酔と恍惚感、果てるまで求め続けてしまう肉体的快楽は」
「わーっ!!」

 彼は後ろから抱きつくように、わたしの口を手でふさいだ。
 お互いの顔がすぐ横にある。

 わたしはそっと彼の手に手を重ねて、自身の口からずらす。

「……こんなやりとりも、今日で終わり、ですね」
「クー?」

 彼のぬくもりがわたしの背中から、ゆっくりと伝わってくる。
 その優しい体温を味わう機会がもう失われるのかと思うと、たちまち涙が溢れてきた。
 瞳からポロポロと大粒の輝きがこぼれ落ちる。

「すみません……」
「クー……」
「寂しい、です。さ、みしいです、よ」

 わたしは振り返ると彼の腕の中で、静かに泣いた。
 小さな子どものように震えて、彼の胸元を強く、痛いくらいに掴んで。

 どのくらい経ったのか、日は完全に沈んでいた。
 空はオレンジ色から藍色を濃くしていく。

「クー、落ち着いたか」
「……はい。最後にとんだ迷惑を掛けました。すみません」
「最後、じゃないんだろ」
「ええ。そうですね。勿論です」

 少し離れて、顔を上げたわたしはいつもの顔つきを装った。
 だが、まだ眼は潤み、頬も赤い気がする。

 私はそれを誤魔化すように言った。

「では、約束の品をもらいます」
「ん? ごめん、なんだっけ」
「これですよ、これ」

 わたしは彼の制服の第二ボタンをつついた。

「あ、ああ。そういう約束か」
「そうです。お約束、というものです」

 そう言うと、わたしはカバンに常備している裁縫道具からハサミを取り出した。
 彼の第二ボタンに手を伸ばし、ハサミをかまえた。

「この好きな人の第二ボタンをもらうという行為は、これが心臓の一番そばにあるから、あなたのハートを頂きますという意味なんだそうですよ」

 ちょっとしたいたずら心で、わざと声のトーンを落としてつぶやくように言う。

「あ、ああ。なんか聞いたことはあるな」
「いっそ、本当にあなたの心臓を頂きましょうか」

 キラリと光るハサミを、すっと彼の胸元に近づける。

「やめろ、冗談に聞こえん」
「さすが先輩。良く冗談だと解りましたね」

 パチンと音がして、彼の第二ボタンはわたしの手の中に入った。

「はい、これで良いです。ありがとうございます」

 わたしはハサミを裁縫道具の中にしまった。
 手の中でやや赤みがかった金色のボタンが、キラキラと光る。

 彼の、思い出。

 その言葉が頭に浮かんだ瞬間、全く自分では制御出来ないほどの寂寥感が押し寄せてきた。
 このままではまた、泣く。泣いてしまう。
 別に今生の別れというわけでもない、ただ、彼が先輩で、卒業して、もう毎日会えないというだけ、それだけ、なのに。

「では、今日はこれで失礼します」

 何とかその感情の奔流を抑え込み、それだけ言うと軽く頭を下げ、踵を返す。
 そのままスタスタと歩き出す。

 彼にこれ以上、泣いているわたしを見せたくない。
 心配させてしまうじゃないか。

「ちょ、送っていくから」

 と、彼はわたしを追い、わたしの肩に手を掛けた。
 その時の彼の表情は驚きとともに、慈愛に満ちていた。

 最早、わたしはまた、ボロボロと泣き、頬を濡らしていた。

「もう。見ないで下さい」
「ホント、おまえはバカだ」

 彼はわたしの肩を抱き寄せながら、一緒に歩き始めた。
 空には一番星が輝いていた。
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by suku-ru | 2013-03-31 10:26 | 物語 | Comments(0)

3月は去る。

 うむ、もう3月も半ばにさしかかろうとしているな。
 やはり、というか当然とも言えるかもしれないが、ヴァレンタインには何も出来ないまま、ホワイトデー近くになってしまった。

 楽しくやりがいのある仕事で多忙なのは、幸せだし良いことかも知れないが、仕事ばかりで他の行事などのやりたいことが何も出来ないのは少し痛いものだ。
 
 ヴァレンタインのチョコと言えば、ここ最近、GODIVAなどの各ブランドがしのぎを削っているが、わたしはやはり、モロゾフ、ゴンチャロフが好きだな。
 わたしにとって、それは故郷の味だからだ。 

 奇しくも今日は3.11。
 その繋がりで、わたしは故郷のことをどうしても思い出す。

 もちろん規模は違うし、東北では未だに復興もままならないが、それでも尊い命が犠牲になったのは同じだ。
 最早、あれから18年が経ち、マスコミも1.17以外ではルミナリエの頃くらいしか取り上げないようだが、体験した者としてはいつまでも忘れることは出来ない。大事な人を失った者としては、特にな。

 ……。

 何やら湿っぽくなってしまった。
 とにかく、時は流れていく。止めることは出来ない。
 それを残酷と捉えるか、優しさと捉えるかは自分次第だ。
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by suku-ru | 2013-03-11 10:04 | 日記 | Comments(0)