ホワイト&ブルー
独りの昼食の後、食器をシンクへ下げた時、コーヒーを淹れようと食器棚を覗いた。
ふと、奥に押し込んでいた白磁のマグカップに目が留まった。
その仄かな暗がりに記憶の断片が浮かび上がるような感覚があった。
そのカップは無地で結構な大きさがある。
形は底が丸く厚めで、優美な曲線を描きつつ上部へ向かって薄くなる、やや広口のものだ。
以前、お気に入りでよく使っていた。
スープにもコーヒーにも、ただの水を飲む時でさえ使っていた。
更にその前はブルーのプラスチックマグを使っていた。
これも大きくて、たくさん入る。
完全な円筒形で、そこにまた完全な半円形の取っ手が付いている、シンプルなデザインだ。
特に気に入っていたわけではない。
単に軽く、壊れにくく、量が入るというそれだけの理由で100円ショップで買ったものだ。
それを向かい合ったソファで使っていると、いつもそこにいて前髪を気にしていたマヤは、何か思い出したようにニッコリと笑って
「そんなのより、これ使いなよ」
と、きれいにギフト包装されたものを、かわいいかばんから取り出し、わたしの胸に押し付けた。
それが、白磁のマグカップだった。
特別な日でもなんでもない時に貰ったので少し動揺した。
「ありがとう。嬉しい。でも、どうして」
間髪入れずに返答があった。
「それがスミレに似合うと思ったから、買ってきちゃった。だって、そっちのプラスチックのって子供っぽいじゃん」
マヤはまた屈託のない笑みを浮かべた。
その笑顔にわたしは幾度と無く救われた気持ちになったものだ。
「だったら、せっかくなのだから、ペアカップにすれば良かったんじゃないか」
可愛い顔をしかめるマヤ。
「ダッサ! そういうことじゃないの。ホント、スミレは自分のこと、テキトーなんだから」
よく解らない。
彼女はソファから腰を浮かせて、テーブルに手をついた。
わたしの眼を見つめる。
「スミレ、あんたはきれいだしカッコイイし、個性的で、あたしの持ってないもの全部持ってる。だから、スミレはスミレでいいんだよ。あたしのとこまで降りてこなくていい」
ショートボブのマヤの瞳に、長い黒髪のわたしが映り込んでいる。
顔が近い。
「ずっと憧れさせて」
彼女はささやくと同時にわたしの唇を奪った。
うるむ瞳。
激しい動悸。
熱い吐息。
火照る肌……。
記憶の奔流から我に返ったわたしは、食器棚の奥から、白磁のマグカップを取り出した。
人の心は変わるものだ。
マヤとわたしの関係も、今は形骸化したトモダチに成り果ててしまった。
どちらかが誰か別の人を好きになった、とか病気や事故で死んでしまった、などというドラマや映画でありがちな結末ではない。
お互いの気付かない内に、ひっそりと音も立てずに、その恋は死んでいたのだ。
この白磁のマグカップにいつの間にかヒビが入り、縁が欠けていたように。
わたしはそれをまた食器棚の奥に仕舞い込んだ。
代わりに最早使い古された、しかし永遠にヒビなど入らない、ブルーのプラスチックマグを取り出し、コーヒーを淹れた。
ふと、奥に押し込んでいた白磁のマグカップに目が留まった。
その仄かな暗がりに記憶の断片が浮かび上がるような感覚があった。
そのカップは無地で結構な大きさがある。
形は底が丸く厚めで、優美な曲線を描きつつ上部へ向かって薄くなる、やや広口のものだ。
以前、お気に入りでよく使っていた。
スープにもコーヒーにも、ただの水を飲む時でさえ使っていた。
更にその前はブルーのプラスチックマグを使っていた。
これも大きくて、たくさん入る。
完全な円筒形で、そこにまた完全な半円形の取っ手が付いている、シンプルなデザインだ。
特に気に入っていたわけではない。
単に軽く、壊れにくく、量が入るというそれだけの理由で100円ショップで買ったものだ。
それを向かい合ったソファで使っていると、いつもそこにいて前髪を気にしていたマヤは、何か思い出したようにニッコリと笑って
「そんなのより、これ使いなよ」
と、きれいにギフト包装されたものを、かわいいかばんから取り出し、わたしの胸に押し付けた。
それが、白磁のマグカップだった。
特別な日でもなんでもない時に貰ったので少し動揺した。
「ありがとう。嬉しい。でも、どうして」
間髪入れずに返答があった。
「それがスミレに似合うと思ったから、買ってきちゃった。だって、そっちのプラスチックのって子供っぽいじゃん」
マヤはまた屈託のない笑みを浮かべた。
その笑顔にわたしは幾度と無く救われた気持ちになったものだ。
「だったら、せっかくなのだから、ペアカップにすれば良かったんじゃないか」
可愛い顔をしかめるマヤ。
「ダッサ! そういうことじゃないの。ホント、スミレは自分のこと、テキトーなんだから」
よく解らない。
彼女はソファから腰を浮かせて、テーブルに手をついた。
わたしの眼を見つめる。
「スミレ、あんたはきれいだしカッコイイし、個性的で、あたしの持ってないもの全部持ってる。だから、スミレはスミレでいいんだよ。あたしのとこまで降りてこなくていい」
ショートボブのマヤの瞳に、長い黒髪のわたしが映り込んでいる。
顔が近い。
「ずっと憧れさせて」
彼女はささやくと同時にわたしの唇を奪った。
うるむ瞳。
激しい動悸。
熱い吐息。
火照る肌……。
記憶の奔流から我に返ったわたしは、食器棚の奥から、白磁のマグカップを取り出した。
人の心は変わるものだ。
マヤとわたしの関係も、今は形骸化したトモダチに成り果ててしまった。
どちらかが誰か別の人を好きになった、とか病気や事故で死んでしまった、などというドラマや映画でありがちな結末ではない。
お互いの気付かない内に、ひっそりと音も立てずに、その恋は死んでいたのだ。
この白磁のマグカップにいつの間にかヒビが入り、縁が欠けていたように。
わたしはそれをまた食器棚の奥に仕舞い込んだ。
代わりに最早使い古された、しかし永遠にヒビなど入らない、ブルーのプラスチックマグを取り出し、コーヒーを淹れた。
by suku-ru | 2015-05-31 14:44 | 物語